• 開発背景
  • 要求と問題点
  • ベルグラノとセルザー
  • 逆転の発想
  • エンジンの確保とパッケージング
  • ミリア・ファリーナ・ジーナス
  • インテークはいずこ?
  • ガウォーク再考
  • 基本レイアウト固まる
  • 試作機とエンジン
  • 振動に苦戦
  • 加速性能に不安
  • 計画正式認定ー政治の転換期
  • 問題は他にも
  • 解決の糸口
  • 軍の評価はじまる
  • 評価は進む
  • 悩めるガウォーク
  • 最後の難関、変型試験
  • 最終的な評価
  • VF-9との比較



  • 開発背景

     宇宙移民計画が軌道に乗り、初期移民惑星に自治政府が成立しはじめると、駐留統合軍はごく一部を除き大気圏外に退き、大気圏内防衛、治安が自治軍に引き継がれるようになった。各惑星は当初の装備を統合軍中央の払い下げ兵器によっていたが、耐用年数と維持費の問題が発生する事はこの時点ですでに明白であった。

     各自治政府は成立とほぼ時を同じくして身の丈にあった装備の調達を模索しはじめる。ここに目を付けたのがジェネラル・ギャラクシー社(GG)の企画課であった。既存の部品を流用し、安価、維持費の低減を計った機体の構想を各政府に打信する。幾度かのリサーチの後、採算が取れる見込みが立ち、社首脳部からゴーサインが出された。




  • 要求と問題点

     開発に当たり機体単価の低下と同じ程運用維持費低下も重視された。単価については単発化と部品流用、性能ピークの絞り込みで対処する事とした。そして運用面でのコスト低減を中心にすえ、支援設備の省力化を図って機体をまとめる事で商業的成立をねらったのであった。

     移民惑星にとっては、機体自体の運用コストが低いのは当然求めるところであるが、それに加えて母艦や基地施設の保有、維持が悩みの種である事が初期のリサーチでわかったからであった。

     以上から導き出された最終的な要求は以下の通り。

    1、単発
    2、小型空母または急造前線飛行場からの運用が可能
    3、ファイターモードで機体規模は最大でもVF-1程度
    4、必要収容面積はVF-1よりも小さく
    5、VF-1を上回る空戦機動性
    6、速度性能はVF-1と同等
    7、搭載量はVF-1と同等
    8、バトロイドモードで巨人及び既存バトロイドに抗しうる体躯を確保する
    9、高高度戦、宇宙戦能力はオプションとする

     エミリアーノ・ベルグラノをリーダーとする開発陣をまず悩ませたのは要求の3、4と8の対立であった。バトロイド時のパーツを極力重ねて小型化をはかることがまず考えられたが、この方法では抵抗の増大でのちのち要求の6に影響が出る事が明らかであった。

     また、2の小型空母は、9の要求からも分かるように、水上艦でいうところの小型空母をさすもので、ファイターモードの形態自体にも熟慮が要求されるところであった(ガウォークでの着艦ではターンアラウンドが実質上不可能であるため)。

     その他、単発でガウォークモード時の推進と浮揚力の分配をどうするのかも問題であった。

     一方、5の機動性については単発化によりロール方向の慣性モーメントの減少が明確であるため、ロールレートについては確実にクリアできる見込みがあり、ピッチ、ヨーを重点に煮詰めていく方向で基礎方針ができあがった。




  • ベルグラノとセルザー

     エミリアーノ・ベルグラノは技術者として決して突出した才能を持つ者では無かったが、多くのスタッフの能力をつかみ、それを活かす事に秀でた男であった。彼は前例のないこのプロジェクトを、スタッフに広く意見を求める事から始めた。設計方針を定めるため会議が何度となく繰り返された。

     小型空母からの離着陸性能の確保のため大アスペクト比低翼面荷重は必須であった。ガウォーク時のホバリングのためにエンジン推力線は重心を通る必要が有る。そしてVF-1がサイズの限度。出てくる案は、ポッド式エンジンに、大面積の翼を分割して手足に割り振るという物や、排気ダクトを分割して脚にする案等。戦闘機としてのバランスに欠けるものが多く、寸法的にもつらい所があった。前例がない単発VFに、なかなか妙案は現れなかった。

     そんな中発言をしたのが、主任設計補佐のゼントラーディ系技術者のアルガス・セルザーである。この頃彼に対するチームメンバーの視線は冷ややかなものがあった。彼の肩書きは主任設計補佐であるが、そもそもこの肩書き自体は組織構造の中で有名無実と化していて、天下りや高官の子息の就職斡旋など、組織運営の都合上良いように使われていたからだ。

     開発チームの中においては、彼はゼントラーディの市民化と雇用促進を世間にアピールするための広告塔、としか見られていなかったのである。そして彼の発言は、問題をさらに複雑にすると思われるものであった。

     彼の意見は、本機をSTOVL(短距離離陸、垂直着陸)機としてはどうかというものであった。

     チームの者は笑った。ただでさえやっかいな要求にさらに問題を上乗せしてどうするんだと。しかしベルグラノはチームの一員の提案は最後まで聞くべきとした、そして彼の説明を聞くうちに当初のムードは変化をみせた。


  • 逆転の発想

     彼の考えはこうだった。

     STOVLとすることで小型空母からの運用は確実に可能となり、過大な翼面積も必要がなくなる。

     エンジンはタンデムファン方式を採用し、ガウォーク時の推進と浮揚の配分をする。

     ノズルはできるだけ重心に近い必要が有るため、エンジンは機体の中央に設置する。これにより、最大の重量物であるエンジンが機体中心に陣取り、3軸の慣性モーメントは最小限におさえられるため機動性の要求には余裕をもって対応できる。

     要求の8の満足と、STOVL時の前後重量バランス、尾翼のテールアーム設定のため、ノズルの左右からテールブームを延ばし、これをバトロイド時の脚とし、体躯を確保する。

     以上の形態を、他の要求を満たしながらVF-1の機体規模の範囲に納まるように設計する。主翼の折り畳みさえできればツインテールブームの間に機首を突っ込む形で、確実にVF-1よりも狭い必要収容面積の機体となる。

     「そんなにうまくいく訳がない。」ゼントラーディに悪意を持つ者は言った。しかしその後妙案はなかなか現れず、ベルグラノはまずこの方針に従って基本配置をまとめていく事にし、自重8.5t、最大速度マッハ2、全長14.2m、翼折り畳み時全幅8.2m、固定武装ビームガン×1、バトロイド時全高12.5mを設計目標値とした




  • エンジンの確保とパッケージング

     まず決定しなければならないのはエンジンである。しかしSTOVL用に作られたエンジンは当然存在せず、取扱いや補用部品の確保等からVF-4用のエンジンFF-2011のコアを流用して開発する事とした。

     FF-2011の低圧圧縮機を流量をほぼ倍にした大直径の物に替え、その直後にSTOVL用のフロントノズルを設置。水平飛行時にはフロントノズルへの流れを断ち、低圧圧縮機の回転数を落とし、コアへの流量を調整する方式とした。

     オーバーホール間隔を延ばすために回転数を制限、推力をSTOVL時に15500Kg、水平飛行時に13000Kgを目標としてP&W/ロイスに試算を依頼した。

     P&W/ロイス側からの解答ではVF-4の後期生産分向け(推力19000Kg)のコアを利用しての試算でSTOVL時に16000Kg、水平時に14500Kgは見込めるとされた。しかし、フロントノズルへの気流の完全なシャットダウンには技術的に困難が予想されるということであった。

     ともかくも一応の確証を得た開発チームはエンジンの予想寸法と重量等を確認した後、数点の細部要求を伝え技術試験用として6台を発注した。

     一方で飛行特性、武装等のパッケージング要件は社内テストパイロットの意見を集め、まとめていった。しかし軍が人材確保に力を入れていたため、元軍人とはいえ民間に勤めるテストパイロットに実戦経験の豊富な者は少なく、あくまでもVF-1を基準としたものが多く決定打に欠けるきらいがあった。

     開発チーム全体としては現役エースパイロットの意見をとりいれたい意向であった。しかしこの時点で本機はまだ一民間企業のベンチャープランに過ぎず、規則上現役軍人から直接意見を得られる状況に無かった。統合軍本部に対し移民惑星向けとしての制式認定の申請は行われていたのだが、この頃の軍部内はVFトライアド構想に基づく惑星圏防衛体制が確立した時期であり、次期方針としてこれをさらに宇宙に拡大していく方向が明らかになっている時期であった。そのため、それに影響を与える恐れの有る安価な小型軽量機に対しては風当たりが強くなかなか受け付けてもらえる風潮ではなかった。

     これに対しては、計画を発案した企画課が行動をおこした。ちょうどこの頃伝説ともいえるエースパイロット、マクシミリアン・ジーナス大尉が少佐に昇任、それを機に次期戦略の太陽系艦隊構想の中核の一員となるべく巡洋艦に乗務することを祝してのパーティーが催されるところであった。

     現在でこそ派閥対立が厳しく、パイロットがいきなり艦艇、それも空母ではなく巡洋艦へと転科するなどとは考えられないことであるが、この頃はまだ宇宙艦隊の多くがゼントラーディ勢力で構築されていた時期である。現在に至る地球独自の宇宙艦隊構築の端緒が作られたのがこの構想であり、3次元空間における機動的戦闘の構築が主眼とされていたため、むしろ彼を登用するのは常識的な判断であったと言える。統合軍上層部でもこの才気溢れるエースパイロットにゆくゆくは大機動艦隊をまかせようという意向であった。

     そして新戦略と彼の巡洋艦配置は、軍需産業にとって、新しい思想に基づく艦艇の開発、それに対応する兵装等の新規市場の拡大に期待をつなぐものであった。事実このパーティーの費用もほとんどが兵器メーカーからの祝い金でまかなわれるものであった。祝賀と言うよりも、彼の知名度、昇任と転科に名を借りた商取り引きの場の様相を呈することが明らかであったのだ。

     これを聞き付けた企画課は営業部のつてをたどりスタッフを送り込んだ。そして、官僚的な付き合い、それに上っ面の笑みを浮かべての商取り引きの下準備のやり取りも「ブンカ」とあきれ加減の夫人、ミリア・ファリーナ・ジーナス大尉との接触に成功する。




  • ミリア・ファリーナ・ジーナス

     始めはGGのスタッフを、商取り引きを有利に運びたがる群れの1人としか見ていなかった彼女であった。しかしあくまでもパイロットとしての純粋な意見を求めているスタッフの話の本質が見えてくるにつれて、目が輝きを増していった。彼女自身は新戦略に向けてのパイロット間の勢力争いや、利権主導の拡張方針の横行に窮屈な思いでいたのだ。

     スタッフの示した基本案にじっくり目を通したのち、ミリアは意見を述べた。

     ・移民惑星の装備の規模から考えて、これ一機種で戦闘爆撃機として多様な運用をする事が前提となる。

     ・単価、運用経費から見て電子戦能力やステルス性の適用には限度があるので低空侵入性能はもう少し重視した方が良い。

     ・計画通りの推力のあるSTOVLエンジンが確実に得られるのなら、翼面積をもうひと回り小さくして翼面荷重を大きめに設定した方が性能ピークの絞り込みがしやすくなる。

     ・飛行性能のピークをマッハ1.5あたりにもってきて、そこまでの加速性能を重点にまとめると扱いやすい機体になるだろう。

     そして最後に一言付け加えた。
    「軍への申請は最初の案よりグレードダウンしたものを送りなさい、奴等(統合軍上層部)安心して承認してくれるはずよ。」

     その後ミリア大尉は計画の制式承認まで、どこでどう調べたのか、開発チームに私的に連絡をとってはプロジェクトを気づかっていた。現役パイロットである手前表立って動くわけにいかないその姿は逆に雑誌社にスクープされ、夫の転科が原因の夫婦の別居不倫疑惑に発展する一幕もあった。

     大尉の好意的な姿勢に意を強くしたチームは、いよいよ具体的な設計作業に移った。

     しかしここでもう一つの懸案事項も発生した。どうやら他社も同様な軽量戦闘機を開発しているらしいのであった。




  • インテークはいずこ?

     脚はテールブームが臑になる事が決定しているため、モモは抵抗減少を考慮し、エンジンのファン直径の変化する影に配置することとした。外側水平尾翼はでつま先に、内側水平尾翼はかかとに分かれて足首を構成し、足首関節を利用して操舵する。

     主翼平面形は、翼面荷重を高めつつ離着陸特性や旋回性能等の向上が図れる事、遷音速時の抵抗の小ささと、変形に関わる取り付け基部弦長の極減、折り畳み効率等の多様な要素をはかりにかけ前進翼と決定した。

     問題は腕とインテークダクトであった。速度性能を満たすためには一定以上の長さの外部圧縮インテークダクトはどうしても必要であったが、胴体の変型効率と容積のバランスを考えると確保が難しい。腕については背面への背負い込みやダクト下への密着が考えられるが、抵抗面で決して理想的でない。できればエンジンのフロントリフトノズル前方に置きたいところであった。しかしダクトと腕が置き場を奪いあう事になってしまう。


     腕によってダクトを形成させる。誰もが思い浮かべつつも口に出来ない言葉であった。


     ガウォーク時、エンジンの位置は地上5m程度になり、エンジンは浮力と推力を得るためフル回転する。フロントノズルとエンジンファンの間隔は無いに等しい。地表の状態にもよるが、戦場は整備された飛行場では無いため、巻き上げる砂塵の量は並では無い。ホバリングで巻き上げる砂塵によるFOD対策を考えると、とてもでは無いが受け入れ難い案であった。




  • ガウォーク再考

     チームがこの問題に突き当たった時、ベルグラノは過去の戦闘記録を調べさせた。彼はスタッフ達にある疑問をなげかけた。

        「果たしてガウォーク時に腕は必要か?」

     VF-1開発時のガウォークモード採用の理由は、地上戦闘時の安定した高速移動、変型時の無防備状態の時間短縮であった。

     腕が無いと側方射撃ができず、無防備になると考えられる。

     では実際の運用ではどうだったのか?

     集められた戦闘記録のガウォークでの運用時間の内、もっとも長かったのは地上戦闘への移行時の接敵、ついで地上戦闘からの離脱滑走時であり、そのスピードを活かした使い方であった。

     ガウォークの形態の特性上、平面形が大きく、コクピット防護に劣るため、接近戦で使われることはほとんど無かった。

     ガウォーク時の平均速度域になるとパイロットは前方地形の素早い把握が要求され、側方索敵はほとんど不可能であるし、本機はそれを出来るようにするデバイスを搭載するような種類の機体ではないと判断される。また、地上戦闘の距離では角速度が大きく照準は狙うにしても狙われるにしても困難であり、むしろ離脱時の加速性能を重視した方がよいと考えられる。

     しかしパイロットの直接視認によるマニピュレーター作業を要することもあるはずだ。

     もう一つの問題として、胴体内の1基のエンジンで、ガウォーク形態での機動運用を効果的にできるのかという疑問もあった


     ベルグラノはチーム内の議論を進むに任せた。彼等自身の結論を待つ事にしたのだ。


     最終的に、エンジンの作動状態によってたたんだ状態で固定される事とし、ガンポッドに首振りの機能を付加するという形となった。具体的には地表でフロントノズルの俯角60度以下もしくは、フロントファン回転が35%以下、あるいは対地高度10m以上で展開が可能とされた。




  • 基本レイアウト固まる

     インテーク形状は構造の簡略化と機内容積確保のため、20世紀末に発案されたダイバーターレスインレット形式とした。インテーク中央部分で左右に分割されるため、ノーズギアは左腕に、ビームガンを右腕に搭載、ビームガンはバトロイドモードでの使用を考慮して、リバーシブルタイプ(後のVF-17の腕部ビームガンと同形式)である。

     エンジンはインテーク長と重心との兼ね合いから胴体中央部に搭載されるが、変型時には後方にスライドする。


  • 試作機とエンジン

     各部の寸法、内部構造等が決定し、非変型の飛行試験機の製作が始まった頃、軍への申請も受理される見通しが立った。一方P&W/ロイスからはフロントノズル気流のシャットダウンで問題が発生している旨の連絡があった。これを受けて開発チームは、その解決を急がず、まずSTOVLモードと水平飛行モードにそれぞれ固定の試験エンジンを調達し、飛行試験を先に進めることに決定する。

     両エンジンともに推力面では当初の試算の値を満たしており、まずは安心であった。問題は機体とのマッチングである。プロジェクトの第一の難関である。

     STOVLモードにおいて予想されたのは重心位置と推力線の位置の問題である。変型機構と空力の兼ね合いのためエンジン位置が理想よりも後方寄りとならざるを得ず、フロントファンの負担が大きくなり、当初予定した推力をフルには使えない事情があった。しかし、なんとかファイターでのSTOVL運用とガウォークでの機動戦闘に必要な推力は満たされている事が分かった。これを1号機に搭載、垂直離陸、短距離離陸、遷移飛行までの試験を受けた。




  • 振動に苦戦

     2号機の水平飛行モードは通常離陸から加速性、機動性といった試験を受ける。ここで重大な問題にぶつかることになる。
     それは3度目の飛行に起きた。加速時の機体の挙動を把握するために少しずつスピードをあげていった時、マッハ0.85付近からピッチ方向の動揺が発生したのであった。 マッハ0.94にかけてそれは周期を早く、強度も増していった。その後も加速を続けていくとやがてそれは消えた。だがマッハ1.5付近に性能のピークをあわせていることからも、スムーズな加速が望ましく、加減速のキーポイントとなる速度域でのこの特性は、本機にとっては大きな問題であった。そしてフルロード時にこれが発生したならば空中分解には至らないものの、機体の寿命は半減してしまう事が明見込まれた。

     追跡試験の結果、後部胴体下面、バトロイド時のモモの前方にあたる部分の谷間付近で乱流が発生し、それがジェット排気と干渉、内側水平尾翼に影響していることが分かった。
     直ちに内側水平尾翼を廃止し、外側を増積したところ、この動揺は非常に小さく、気にならない物となった。
     しかしこれは発生する乱流を消したわけではなかった。そして早くも新たな問題として顔を出す。




  • 加速性能に不安

     続く加速性能試験で開発チームは暗い予感につつまれた。ミリア大尉が示した値に対し12%オーバーを示したのだ。くだんの乱流の影響である。これ自体だけを取り上げると大きな問題とは思えない所であるが、これがあくまでも開発初期の試験に過ぎない事を考えねばならない。出だしでのつま付きは後のちの可変試験機でさらに大きく膨らむ危険性がある。

     当該部分の形状を何種類か異なる物に変えて試験を行ったが、良い結果は得られなかった。モモの間の谷間は変型の構造上無くす事は出来無かった。

     そしてさらなる追い討ちが続いた。P&W/ロイスからフロントノズルのシャットダウン問題の解決のめどが立たないという連絡であった。現時点でフロントノズルから約4%の気流がもれ出てしまうとの事であった。水平時の推力自体は、フロントファンの回転数を現在よりわずかに高めに設定する事で要求値に答えられるというのがせめてもの救いであった。

     そしてさらにチームを焦らせる事柄が明るみに出た。新星インダストリーが独自の小型可変戦闘機を軍に対して正式認定申請をしている事が分かったのである。しかもその機体はVF-1より小振りで前進翼を採用しており、どうやら植民惑星向けと見られ、飛行試験も間近であるというのであった。すわ、完全なバッティングかと誰もが動揺を隠せなかった。しかしベルグラノは持ち前の明朗さでチームをもり立て、問題解決へと駆り立てた。そして同時に営業部のルートを通じて新星側の情報収集を行うよう抜かり無く手配した。

     この間、非変型1号機の試験は比較的順調に進み、遷移飛行の試験も終わりかけていた。しかし、本機のエンジンにはフロントノズル気流のシャットダウン機能が無いため、完全な遷移の立証とはなっていない物であった。開発計画に大きな遅れをおよぼす事を避けたかったベルグラノは、もれのあるエンジンでもやむを得ない、として早速P&W/ロイスに搬入を依頼し、2号機については加速性能対策に平行しつつ、飛行特性の基礎試験を前倒しにするよう指示した。





  • 計画正式認定ー政治の転換期

     これより少し前の事であるが、統合政府の政権交代があり、従来の民政の安定と確実な移民惑星確保路線をとるグローバル政権から、「自由な銀河の拡張」かかげるヤブーノ政権に変わった。これにより移民惑星の認定基準の緩和と移民惑星の自治権の拡大、治安用装備基準上限の拡大が認められ、民間資本主導による星間移民事業も認められる事となった。

     これらの急激な自由化の流れを受けて軍からは本計画の移民惑星向けとしてVF-7 projectとして制式認定が行われた。これ自体は喜ぶべき物であったが、一方ではトライアド構想の見直しが宣言され、企業全体としては楽観を許さない情勢になっていた。またベルグラノ達にとっては新星の件もあり、不安の種が無くなったわけではなかった。




  • 問題は他にも

     機動性試験においても問題は現れた。ピッチ方向の応答性の不足であった。内側水平尾翼の削除に対し、外側の増積量が不足していたためであったが、収容面積要件などから限度があった。これに対してはカナードの増積と、スネのフィンの減積で安定性を削減する事で対処された。本機のカナードの後縁内側が切り欠かれたようになっているのは、この増積時、ストレーキとの干渉の防止をはかったためである。

     この頃1号機同様に、「もれ」のあるエンジンを搭載したガウォーク-バトロイド遷移試験機も出来上がり、地上機動戦能力の確認も行われ始めた。
     ガウォーク時のFOD問題は当初の論議が功を奏し、十分な安全性が確認された。また、P&W/ロイス側のファン設計も変型時の乱流に十分耐える事がわかりひと安心であった。しかし、姿勢変換について今一歩のところが有り、VTOL時のロールコントロールスラスターの出力を上げる必要が認められた。

     スラスターの強化にあわせて、これまで翼端部分をわずかに膨らませる形でスラスターを収納していたフェアリングを、紡錘形に大型化したうえ前方に突き出す形に変更した。これにより前進翼の難点である、超音速時に翼端部から主翼前縁に張り付く衝撃波を主翼から分離し、音速前後での抵抗増大を低減させ、かつ翼端版効果により低速域でも誘導抵抗を減少させる効果を果たさせた。

     この変更により加速性能は4%ほど向上を見たが、まだまだ楽観は出来ない状況であった。

     バトロイドモードでは各部のトルク不足が心配されたが、用心して要所にVF-4の変型関節用の大トルクモーターを使用した事でその心配は無用の物となった。一方、内側水平尾翼を失ったかかとはシンプルなピンヒール型の物に変更され、同時に接地圧の低減のためとファイターモードでの大仰角時の方向安定強化とスピン対策もかねて、つま先の左右にフィンを増設、つま先にもう一段関節を加えキックコントロールの幅を増加した。これによりバトロイドモード時の接地圧力の変更、運動軸の移動の柔軟性を向上し、敏捷性が大いに向上する事が期待された。また、バトロイド時のエンジン推力は、機体による吸気抵抗が予想より大きく、STOVL時出力の77%がやっとであったが、軽装の機体を充分支え得るだけの出力を確保でき、一安心と言うところであった。

     一方非変型1号機の遷移飛行試験は快調に進み、余裕を買って2号機に変わって飛行特性試験を受け持ち、2号機は加速性能対策に専門であたるようになった。

     1号機の飛行特性試験は順調に進む一方で、2号機の加速性能問題は解決のメドが立ちそうになかった。




  • 解決の糸口

     この中で開発チームはテストパイロットから不思議な報告を受ける。1号機からはあの動揺の「残り」が感じられないという事であった。
     飛行特性試験は危険を避けるため問題の加速域を後回しにし、ゆっくり加速していった後に、目標とする速度域で評価を行っていた。その加速の間に2号機で感じた動揺の「残り」を感じないというのだ。
     ベルグラノを始めとして皆がこの報告に怪訝な顔をした。非変型試験機は量産時の工作誤差や変型時の噛み合いのバラ付きを考慮して、各部の強度や剛性を変型実機の設計に合わせた上、わざとズレを設定して作られている。それに起因するのであれば、2号機で行っている細部変更で解決していても良いはずであった。

     両機の各部のズレや寸法誤差等を細部に渡って検証し、同じ条件にそろえて検査をしたが、パイロットは「その差は確実に存在する」と言うのであった。

     釈然としない空気の中、いっそ一番原始的な手段をとろうという話が出てきた。
     早速1号機2号機ともに問題の部分に気流子(ヒモ)を付け、チェイスプレーンで観測を行った。すると問題の速度域で、1号機の気流子はほとんど乱れを見せなかった。
     分析の結果、これがエンジンの違いによる事が判明した。つまり、対策が出来ていなかったフロントノズルからの気流がノズルカバーパネルとモモの隙間から吹き出すことによって乱流を抑制していたのである。
     これに気付いた開発チームは即座に1号機を加速性能試験機に切り替え、同時にP&W/ロイスに連絡を取り対策が不要になる可能性を伝えた。

     1号機による加速性能試験は期待しただけの数値を出した。そして計算の結果、もれ出す気流の量を状況に合わせてコントロールすることでさらに上を狙える可能性さえ見えてきた。最終的にはインテークダクトの断面積変化を再調整し、水平飛行中の前方ファンの回転数を上げる事によりダクト内のロスの減少が図られ、さらに前方ノズルからエンジン・ベイまでが第2の推進系として機能するようになったため、加速性能は当初見込みの7%増を達成した。

     この間に前方ノズルの吹き出し部分の形状も垂直切り落とし型から斜め切り落とし型に変更され、VTOLモードでの吹き出し位置をより前方に移すことでより大きな推力を利用できるように改修された。




  • 軍の評価はじまる

     2号機のエンジンも換装し、テストは一気に終了に向かった。非変型試験機の結果は最終的に十分満足のいくものとなり、VF-X-7の形式名を受けて、ガウォーク-バトロイド遷移試験機を含む三機は勇躍軍のテストセンターに引き渡されることになった。そしてそこで主任テストパイロットとして待っていたのはミリア大尉であった。開発スタッフにとってはまたとない巡り合わせであり、かつこれほどまでに緊張させられる相手は無かった。

     この間可変試作1号機2号機の製作が進められた。ガウォーク-バトロイド遷移試験機の実績も受けて、パーツ単位の試験はほとんど必要が無く、フレームや外装には両試作機の治具が利用できるため、作業は順調に進んでいった。

     一方万全と思われた飛行試験では早くも指摘事項があった。それは以前対策を行っていた部分であった。
     ピッチの応答性は良いが、イマイチ「スワリ」が悪い、というものであった。
     開発チームは一瞬とまどった。これはパイロットの感覚による解釈の問題であるのか、それとも客観的に安定に欠けると言えるのか。原因の調査のほかにその評価の基準をどのように定量的にとらえるべきか、あるいはそれはやむを得ない事としてすませるべきなのか、対処の方法に付いて議論を進める動きが高まった。

     しかしこのときベルグラノは直ちにスネのフィンを初期の物に換装するよう指示した。

     そして飛行試験の結果は良好であった。十分な応答性と安定を兼ね備えているとの評価が与えられた。ベルグラノはこの時の判断について質問された時こう答えた。
     「その時の”空気”だよ。あの頃(スネのフィン形状変更の頃)はみんなトラブルや新星の件で浮き足立っていたからね。私も決して冷静といえる状態ではなかった。」
     開発チームの心理的ムードが当時の社内パイロットの判断にも影響を与えていたというのが事の真相と言う所の様である。




  • 意外な要求

     一通りの飛行試験を終えてミリア大尉は、この制限された条件の中では期待以上の出来であると語った。そして一つ要求を付け加えた。

     「背面武装を付けて欲しい。」

     これにはベルグラノも驚いた。今でこそ標準的になっているが、この頃あえて背面に武装を要求されるとは思ってもみなかったのだ。
     ミリアはこう言った。
     「確かに飛行特性は素晴らしいわ。加速、運動性ともに限られた出力の中で現行双発機に勝るとも劣らないものを達成している。私の出した要求を120%満たしているといって良いぐらい。ただ、一つ見落とていたことがあったの。」

     もし彼女が本機に乗っているなら、確実に敵機を格闘戦に持ち込んで撃墜してやる事ができる。だが、逆に現行主力のVF-4で本機を迎え撃つとしたら?絶対に格闘戦だけは避ける。ありあまる出力を利して上空から一撃離脱に徹する。そしてその時、本機には打つ手立ては無い。これは運用していけばいずれ分かってしまう事。そして戦いの時、相手がVF-4と分かっただけでパイロットの士気は確実に地に落ちる。
     「一つでも我が身を守る物が有るって言うのは、大きな支えになる物なのよ。」

     レーダー警戒装置により狙われていればそれを知る事ができる。たとえ当たらなくても攻撃側に躊躇させる事ができるだけでも有効なものだということであった。

     これを受けて、ファイターモードで背面に突き出す形で、頭部にレーザーガンが設置された。加速性能には若干の影響はあったが、容認できる範囲であった。




  • 評価は進む

     こうしたファイターの評価と同時にバトロイド、ガウォークの評価も行われた。

     バトロイド形態はアンダーパワーながら、その軽快さでパイロットを驚かせた。スネの中にエンジンが無いため軽く、先細りのためVF-1やVF-4では及びも付かないフットワークを生み出していたのだ。あるパイロットは「こいつをボクサーに例えるならVF-4は重量上げの選手だ。パワーは有るが接近戦には使えないよ。」とまで言ったという。もちろん運用方法が異なるVF-4と本機を同列に比較する事はあまり適切ではない事は明白であるが、地上戦においては明らかに優れた特性を示していた事を物語っている。もちろんVF-1と比較してもだ。

     一方のガウォーク形態は芳しい評価では無かった。もともとエンジンに一番負荷がかかる形態のため、本機には辛い所であったが、それに加えて本機の腕無しが基本の運用体系に対する理解が十分行き届いていなかったことも災いしていた。

     しかし一部の難点はあるものの全体を通じて優秀との評価を受けた。残る関門は可変試作機での変型試験と、運用を考慮した実戦的なチェックである。変型試作機の方は完成間近であったが、まずGG側での試験期間があるため、テストセンターでは各形態での兵装運用試験を先に行うことになった。

     搭載が想定されているミサイル、爆弾、ガンポッド等を搭載し飛行特性への影響、運用上の注意点などを洗い出す作業が行われた。
     ファイターモードではこれと言った不具合事例は起きず、VF-1の最大搭載量と同じLDGB(通常爆弾)12発でVF-1より優れる飛行特性を示した。大型爆弾四発搭載での超音速低空侵入も十分こなし得た。高めの設定の翼面荷重が効いて擾乱の影響も少なく、ミリア大尉が最初にスタッフに告げた狙いは的を射ていた事となる。

     また、ガウォーク形態で初めてガンポッドの射撃が行われた。それに先んじてスタッフはパイロット達に腕無し運用が基準であることをさらに徹底し、評価に当たるように伝えた。
     ベルグラノも本機のガウォークモードの運用にはまだ何か違和感をぬぐい去れない所が有り、一番気にかけていた。各種試験の結果を見てベルグラノは気が付いた。評価が低い項目が、開けた地形での高速機動戦試験に集中しているのだった。




  • 悩めるガウォーク

     従来のVFであれば両足関節を利用しての推力の変向で姿勢変更の自由度が高く、オービット戦術(ターゲットを焦点にだ円軌道を描きながら斜射撃で反復攻撃を行う方法)等は得意とする所だが、単発の本機ではそれがままならず、高速機動戦では逆に推力を持たない脚が運動性を阻害しているようであった。

     ベルグラノはここである提案をした。この試験をガウォークモードではなくファイターのSTOVLコントロールモードでやってみてほしいと。レーダーの低空侵入用の地形追随機能と、着陸用の電波高度計の警報機能をオンにして、高速ホバリングに姿勢制御用スラスターでドリフトをかけながらガンポッドの操向機能を利用して同一ミッションを試してくれと。

     即席の間に合わせ手段であったが、初期のトライアルでほぼガウォークモードに近い成績が出された。しかしパイロットが慣れてきてもガウォークモードを少し上回る程度で頭打ちとなった。
     ベルグラノは早速STOVLコントロールモードを高速ホバリング域まで拡張するよう指示を出した。操作を一本化してやればまだ上を狙えるとにらんだのだ。

     バトロイドモードの試験ではガンポッドの照準速度、取り回しやすさ、遮蔽物を利用しての戦闘や、主翼下搭載物の利用等が試された。遮蔽物からグローブのサブセンサーを出して照準、発射時に一瞬翼を起こしてミサイルを発射、退避に移るといった待ち伏せ戦術や、主翼下の爆弾をマニピュレーターで「投げ付ける」といった奇策等までが試され、しかもその多くは大きな問題も無く「有効」と判断された。

     兵装運用試験がガウォークを除いて終了しようという頃に、GGでは可変試作機が完成、地上リグでモードを変えての、各モード性能立証試験を始めた。可変試作機はそれぞれのモードで先行した試作機が打ち出した記録を達成し、非変型試作機にごまかしのないことを証明した。




  • 最後の難関、変型試験

     変型試験は安全確保のため洋上において、仮の地表を5000ftに設定して行われた。試験の基本プロファイルはファイターで9000ftから進入、イニシャルポイントで7000ftまで降下、減速、ガウォークに変型して5000ftの仮想地表まで降り陸地の上までホバリングした後降下、減速してバトロイドへというものであった。

     最初の試験で突然それは起こった。ファイターからガウォークへ変型途中、急激な機首下げが発生、コントロールを失い一気に高度を落としたのだ。

     パイロットは当初の打ち合わせ通りファイターモードに戻しコントロールの回復を待ったのち、直ちに機首上げ操作をした。海面が迫り魚までが視認できる中、洋上高度150ftでなんとか水平飛行にもどし、命からがら機体を持ち帰った。

     直ちに原因究明が始まった。チェイス機からの映像や飛行記録装置のデータを照らし合わせていった。そして変型初期の尾翼の挙動がおかしい事がわかった。プログラムミスにより変型シークェンスの段取りが入れ違っていたのだ。

     状況はこうである。もともとスネの変形は脚が延び切った後にスネ下半部が開き、しかる後に垂直尾翼が折り畳まれ、つま先が曲がった後膝から下が回転し下を向き、それから脚を下ろす事になっていた。これは早く減速をすませるためと、早期に尾翼を失速させて揚力発生を断ち、脚の降下時に大きなトリムの崩れを防ぐためであった。ところが垂直尾翼の折りたたみの動作開始が遅れてプログラムされていたのである。そのため尾翼は脚下げに伴い大きなモーメントアームをもって上向きの力を発生し、一気に姿勢を崩してしまったのであった。

     そしてこのプログラムミスは、先のSTOVLコントロールの機能拡張で空力に精通したプログラマーが割かれた事によって発生していた。ベルグラノは自らの判断の不備と管理のまずさをパイロットに詫びた。

     その後は大きな問題も無く社内試験を完了し、軍のテストセンターに送られこの機体はYF-7と呼ばれるようになり、愛称をベルグラノの母語でハヤブサを意味する「HALCON(アルコン)」と名付けられた。

     STOVLモード機能拡張はこの機体から適用され、再度試験を受けた。優秀とはいかなかったものの、良好であるとされ、基本運用方式に組み込まれることとなる。




     
  • 最終的な評価は以下の通り

     ファイター
     運動性は非常に優秀、加速性優秀。
     運動性では軽量、小慣性モーメントが効き、VF-1、VF-4を凌ぎ、特にロールレートはVF-4の約三倍、ドッグファイトで切り返しをかけられるとVF-4はロケットブースターを総動員して最大加速で逃げ切るしか道が無かった。
     加速性はさすがにVF-4には及ばないものの、性能の焦点にすえたマッハ1.5までならば初期型のVF-4に伍するとの評価を得た。

     ガウォーク
     機動性非常に良好、運用柔軟性良好
     動作展開の柔軟さにいささか欠ける。射撃中に突然腕部をたたむ事例があり、パイロットの行動意思を阻害する事が時折発生するが、慣れの問題で有る部分が大きい。腕はたたんだ状態が基本との徹底が最重要である。

     バトロイド
     運動性は非常に優秀。安定性も優秀。
     絶対的な出力は低いが、機体重量が軽い上、つま先のピッチが効かせられる構造やピンヒール型のかかと等により地上において非常に敏捷な動作が可能。フットワークは軽快の一言に尽きる。

     総合した成績は優秀。統合軍は高等練習可変戦闘機としての採用を視野にいれ、GG社に対し複座型の研究を指示した。

     この後計画当初のリサーチを行った各移民惑星に試作機を持ち込み、評価を受け、必要に応じ仕様変更を行い制式発注を受ける事となる。その後ベルグラノの隼が広く銀河に羽ばたいて行ったのはご承知の通りである。




  • VF-9との比較

     最後に本機との競合が恐れられたVF-9との比較を簡単に示す。

     VF-9は小型双発の前進翼機であり機体規模はVF-7よりも一回り小さいが、重量はほぼ同等である。変形機構の特性上主翼下の搭載兵装活用の自由度が低いのが難点であり、翼下に兵装を残したまま戦う場合、地上戦闘時には胴体の正面コックピットの直近に弾薬をぶら下げた危険な状態で戦闘しなければならない。機首下面に装備されたターレットからも分かるように本機の重点は対地制圧に置かれている点が大きな特徴であり、火力においてVF-7を凌駕する。

     同じ前進翼でもより翼幅、翼面積が大きく、低翼面荷重で低速域での旋回性能においてVF-7よりも優れる一方、翼面推力に劣るうえ独特の機体形状も影響して加速性能、トップスピードについては相当劣る所となっている。

     さらに翼を細かく見ると分かるが、VF-9の翼は前進翼でありながらVF-7が採用したような通例の「ねじり上げ」が与えられず、逆に翼端にいくにつれてコニカルキャンバー状のねじり下げが与えられている。前進翼でこのような形ではドッグファイトにおける急旋回の大仰角時に主翼上面のインフローが強烈に発生し、翼根失速を起こし、カナード形式の機体にとっては致命的なディープストールに陥りやすくなる欠点を内包している。

     それでもなおこのような形としたのは、地上掃討時の低速反復攻撃において十分なロール応答性を得る事を目的に、エルロンが設置される翼端部の仰角を小さくし低速域での効きを確保する事に理由があった。逆に言えば仰角をぎりぎりまで引き上げて振り回す、いわゆるドッグファイトにおいて行われるような飛行を重視していない事を示している。

     対地制圧に重点を置いている事はエンジンベイにも見られ、VF-9はエンジンをモモの中に格納し、スネ部分はファイターモードにおいて装甲ジャケットとしてモモの上にかぶさる構造とし、低速反復攻撃ゆえの被弾率の高さへの対応としている。ロールレートの不利に甘んじてまでも双胴形式をとっているのもエンジン分散による被弾対策のためである。また、またエンジンをモモに入れているのは、重量物であるエンジンをバトロイド時の重心に接近させる事で慣性制御のプログラミングの負担を軽減させる狙いもある。

     ガウォークモードでも同様の火力重視の特性を持ち、VF-7が切り捨てた側方攻撃等について逆に本機は重点を置き、コクピットユニットが方向転換できる機構までが組み込まれ、ここにも戦闘および火力行使への積極的な姿勢が見て取れる。このようなガウォークモードの特徴は、翼下兵装を搭載したままバトロイドへ変形できない点を補い、地上戦において翼下兵装を活用するという目的が存在した。

     バトロイドモードでもその独特の短躯、接地点の分散した末広がりな足などから、俊敏な運動はあまり得意では無く、運用上の重点はあくまでも火力の行使におかれ、暴動鎮圧、治安維持的な運用には適さない。端的に言って「掃討撃滅」を目的とする設計である。

     総じてVF-9は、他の強力な航空兵力を保有する組織が補助兵力としてより安価に戦術任務に投入、あるいは反抗組織側にそれほどの実力の無い環境にある治安機関が武力に物を言わせて圧倒するタイプの機体であり、VF-7のような防空、対地攻撃、暴動鎮圧といった多方面での平均した能力の発揮を目指した機体とは明らかに異なる性格の機体である。

     実際の採用も、ヤブーノ政権以降の急激な自由化で政情不安定となった内部紛争が絶えない移民惑星により多く採用されており、ほぼこのような性格を反映した物となっている。一方のVF-7は安定した成長路線をとる初期移民惑星に採用される傾向が強く、GGの開発スタッフ達が恐れたような市場の奪い合いはほとんど発生しなかったのであった。

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